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加藤周一+井上ひさし+杉原四郎+一海知義:河上肇 — または、沖縄へと、沖縄からの手紙

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 この本は、1999年に行われた河上肇生誕 120周年行事での講演や対談をまとめたものである。一海先生の中国の詩人陸放翁に親しんだ事と生涯も持ち続けた「河上精神」との関係に触れた序論からはじまり、加藤先生の「手作りの思想」だったが故に、確固たる価する思想となったこと、井上先生の河上夫人の秀さんや娘の芳子さんと、「新生」のモデルとされる島崎藤村の姪ご、こま子さんとの接点など、青空文庫的話題に事欠かない内容である。(こま子さんと林芙美子の関係は、「太鼓たたいて笛ふいて」のテーマの一つとなっている。)
 と、話を、河上肇の青空作品、「放翁鑑賞」か、作業中の「貧乏物語」に持っていきたいところだが、彼の漢詩を紹介した前回のいささか重大な補足である。作品紹介は、後日に期したい。
 戦時中の、1943年から1945年にかけて、沖縄の民俗学者伊波普猷宛てに 18通の葉書や手紙を送っており、その漢詩は、その一通の末尾に書かれたものだそうだ。伊波普猷略年譜によると、助教授時代の河上肇が来沖して以来、親交があった。終戦後、一年ないし二年で、二人は相次いで世を去るが、戦争中の沖縄の惨状を聞いて、河上肇の心中はいかばかりのものであったろう。おりしも、ある平和メーリングリストから、辺野古海上基地建設現場での屈辱的な事件を知らせるメールが届いた。こうした野蛮な「占領政策」が戦後六十年たっても、今なお続いているとしたら、お二人が在世なら安閑としていられないだろう。伊波普猷の「沖縄の心根」や「河上精神」を受け継いで、人間じんかん(この世)の闇にしっかりと立ち向かおうではないか!と思った次第である。

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