子どもが自ら命を絶つ痛ましい時代...
ふと、自らの子供時代を思い出しました。たしか、学校帰りの道すがらに「いじめ」にあい、泣きながら帰宅しました。なんだか生きているのが疎ましく気持ちもあったようにも覚えていますが、そんな時、母親が「なにボーとしてるんや、風呂湧かすの手伝うてんか」との声に、また日常生活に連れ戻された思いがしました。その頃は、近隣三軒くらいの共同風呂で、薪で焚いていたので母親一人ではきつかったのでしょう。
自殺する子供の事情は様々でしょうが、いざという時に「我に帰る」ようなチャンスがなかったのも一因だと感じています。例えば、同居する認知症老人の「呻き声」だったり、買いものの用事だったり、そうした日常生活のほんとに些細な事と繋がるチャンスがなかったのだろうな。
風呂湧かしや!との声で「我に帰る」経験は、実際起こった事と最近まで思っていましたが、若い頃読んだ「魅せられたる魂」をまた読んでみて、それとそっくりなエピソードがありました。それは、主人公アンネットの息子マルクが、失恋の痛手から自殺するべく、ピストルを手にしたちょうどその時、母親アンネットの「牛乳買ってきて!」との声で、「我に帰る」のです。自らの記憶も、ひょっとしたら、「魅せられたる魂」を読んだ上での間接体験と重なっていたのかもしれません。
エスキモーブログ


