4月に再開しましたが、また思うところがあって、5月12日付けで、「みんなの輪」旧サイト全体の更新、コメント機能、ユーザ登録を停止しました。膨大なスパムに嫌気はさしましたが(Xoops のファイル構造上で、URL に /module/ という 部分が含まれるので、スパムのターゲットになりやすいと思っています。)、そればかりではありません。
しばらく時間をいただき、再開方法を考えたいと思っています。「みんなの輪」旧サイトは、以下の例外を除いて、そのままの形で残しておきます。コメント機能を停止しましたのでスパムは付きません。(゚-゚;)
輪ログは新しいバージョンにしましたが、当方(ゼファー生)が投稿した記事は、こちらに移し始めています。コメントの付いている記事は、せっかくですので、「みんなの輪」旧サイト輪ログに残しておきます。
以上よろしくお願いします。
過去のブログからの最近のブログ記事
月に村雲といった風情でしたね。満月の光に映えた雲の動きがステキです。そこで、永井荷風訳「珊瑚集」より、二作ほど(ま、引用ということで...)
ましろの月
ポオル・ヴヱルレヱンましろの月は
森にかがやく。
枝々のさゝやく声は
繁《しげり》のかげに
あゝ愛するものよといふ。底なき鏡の
池水《いけみず》に
影いと暗き水柳《みずやなぎ》。
その柳には風が泣く。
いざや夢見ん、二人して。やさしくも、果《はて》し知られぬ
しづけさは、
月の光の色に侵《し》む
夜《よる》の空より落ちかゝる。あゝ、うつくしさの夜《よ》や
月の悲しみシヤアル・ボオドレヱル月今宵《こよい》いよゝ懶《ものう》く夢みたり。
おびたゞしき小布団《クツサン》に翳《かざ》す片手も力なく
まどろみつゝもそが胸の
ふくらみ撫《な》づる美女の如《ごと》。軟かき雪のなだれの繻子《しゆす》の背や、
仰向《あおむ》きて横《よこた》はる月は吐息も長々と、
青空に真白く昇る幻影《まぼろし》の
花の如きを眺めやりて、
懶き疲れの折々は下界《げかい》の面《おも》に、
消え易き涙の玉を落とす時、
眠りの仇敵《きゆうてき》、沈思の詩人は、そが掌《てのひら》に猫眼石の破片《かけ》ときらめく
蒼白《あおじろ》き月の涙を摘《つみ》取りて、
「太陽」の眼《まなこ》を忍びて胸にかくしつ。
カテゴリー「過去のブログから」内は、青空文庫みんなの輪用の記事で、現時点では正確でない箇所があります。
いつも通勤する信号交差点の手前、国道沿いの花壇の一部が昨年から、アスファルトで固められてしまった。いつも今頃になると、朝鮮朝顔の花が見られたのにと思いつつ、通っていたが、ある日、アスファルトの小さなすき間から、その大輪の白い花が咲いているのに気がついた(写真)。御存じのとおり、朝鮮朝顔は、華岡青州がその葉を麻酔薬として使ったので有名である。ただし、遭遇した花は、葉にギザギザがあるので、アメリカ朝鮮朝顔、ないし洋種朝鮮朝顔だろう。
先日の、すいへいせんで、金史良の「故郷を想う」が紹介されていた。短文ながら、彼の故郷に寄せる思いがひしひしと伝わってくるが、姉の死後、老いた母を慰めるために、故郷の家の庭に、色々な花を植えたいと書く。
...先日の妹の手紙には、私の帰って来るという四月は平壌の花植時だからその時揃って庭いじりをしましょうと書いてあった。私は丁度その先便で母や妹宛に、今度帰って行くことにしたから、裏庭にはあきれる程までにトマトを植え、井戸の上には藤棚をしつらえ、私のささやかな書斎の前にはヘチマを上げるように、そして前庭には絵屏風となるまでに朝鮮朝顔をと書いて送ったのだ。...
アスファルトの重圧に耐えながら花をつけた路傍の朝鮮朝顔は、植民地支配に苦しめながらも、明日への希望を失わなかった金史良、ひいては朝鮮民族に似つかわしい花だと感じた。
カテゴリー「過去のブログから」内は、青空文庫みんなの輪用の記事で、現時点では正確でない箇所があります。
KNOPPIX という、CDROM Live Linux を紹介(その 1、その 2)しましたが、KNOPPIX 標準の日本語入力システムが、PRIME でした。最大の特徴は、「予測入力」で、今まさに PRIME を使っていますが、「yo=よ」と入力するだけで、「予測入力」と出て来ます。
本来は、UNIX 系で動作するのですが、( Mac OS X は、UNIX そのものとも言えるわけですが...)Mac にインストールできるパッケージがありました。
UIM は、PRIME など、UIM に対応した各種の日本語インプットメソッド(PRIME の他に、Anthy、SKK などがあるようです。)を載せる「噐」です。「ことえり」などから切り替えて、アプリケーションで、SHIFT+SPACE をキーすれば、日本語入力モードになります。(右図)
この Firefox や、Mac OS X 付属のテキストエディタでは、PRIME での入力は可能でした。でも、ずっと使っている mi エディタでは、入力候補は出てきますが、エディタそのものには入力できません。アプリケーションによって、相性があるようですね。そこで、フリーの Mac エディタを探してみました。
昨日の、「すいへいせん」がドッペルゲンガー(Der Doppelgänger、二重人格)の話題ですので、ちょっと便乗(^^ゞ。(遅れて、トラバしておきます。)
「二重人格」と言えば、古典的にはやっぱ、ドストエフスキーでしょう。この小説、比較的気に入ってます。外国では、ムッシュー ジード、本邦では小林秀雄
分身が言い寄った女性は、そのいかさまぶりを見抜いて、主人公に救援の手紙を託するのですが...こうしたところが、この頃のドストエフスキーらしいところでしょうね。
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Blog 照る日曇る日に投稿しました。
多田富雄氏は、ご自身でも新作能の脚本を手がけられるなど文学的センスがあるようです。そういえば、親類縁者に詩人が二人いることも所収のエッセイで触れられていました。否定はされていますが、こうしたセンスは DNA レベルで決定されるとふと感じてしまいます。その一人は、大叔父の多田不二(1893〜1968)、NHK の放送畑を歩んできたらしく、「終戦の玉音放送」のレコードを持って、多田氏の田舎宅に持ってきたそうです。もう一人は、ペンネームが志野冬彦という従兄弟。特攻隊に志願したが、病を得て、終戦の翌年に肺結核で亡くなったと書いています。
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有島武郎「星座」の主人公、清逸は、農学が専攻ながら、江戸時代の儒者、新井白石(1657〜1725)の「折たく柴の記」についての論文を書こうとしています。
...清逸は白石は徳川時代における傑出 した哲学者であり、また人間であると思った。儒学 最盛期 の荻生徂徠 が濫 りに外来の思想を生嚼 りして、それを自己という人間にまで還元することなく、思いあがった態度で吹聴 しているのに比べると、白石の思想は一見平凡にも単調にも思えるけれども、自分の面目 と生活とから生れでていないものは一つもなく、しかもその範囲 においては、すべての人がかりそめに考えるような平凡な思想家ではけっしてなかったということを証明したかったのだ。徂徠が野にいたのも、白石が官儒として立ったのも、たんなる表面観察では誤りに陥 りやすいことを論定したかった。この事業は清逸にとってはたんなる遊戯ではなかった。彼はこの論文において彼自身を主張しようとするのだ。...
「大正デモクラシー」の時代になってはじめて、こんな白石像が出てきたのでしょう。後の羽仁五郎や加藤周一につながっていく白石評価だと思います。
白石の活躍したのは、六代将軍家宣、七代将軍家継の時代、八代将軍吉宗の世には、側用人間部詮房とともに、政治の表舞台から退ぞけられ、不遇の晩年を送ったとされますが、その時期に、この「折たく柴の記」はじめ多くの著作を遺しています。考えようによっては、後世にとっても幸運なことでしたし、白石自身は、またとない、心置きなく書くことに没頭できる、そんな境遇を喜んでいたのかもしれません。亡くなったのは、 281年前のちょうど今日、1725年6月29日(旧暦では、享保10年5月19日)です。
坂口安吾が、推理小説ファンであり、それが昂じて、推理小説に手を染めるようになったことは、以前、「復員殺人事件」を扱った輪ログに、書きました。一昨日、公開された「推理小説論」で、彼は、探偵小説ではなく、推理小説にかける思いを縦横に語っています。
が、奈何せん!古今の名作を含むネタばれが続出していますので、推理小説ファンの方は、読まないほうが…(^^ゞ
ここに、推理小説の解説に時にある、「此れ以降は、○○作「××」のトリックをばらす記述がありますので、ご注意ください」といった注意を掲げようと思いましたが、もう作っているブロガーおられました。
具体的には、上記ブログを見てもらうにして、注意書きの追加です。
第二巻、第三巻とともに、各 980円でゲット。
北村透谷は、島崎藤村の「春」で名前くらいは知っていましたが、青空文庫でその作品にはじめて出会った著作家の一人です。自由民権運動での知人の入獄と明治憲法発布時の大赦を背景にした「楚囚之詩」が青空文庫の早い時期から公開されていました。そのため、テキストファイルや HTML がきちんとしたルビ対応になっていませんので、みんなのテキストで、現在の基準に直して掲載しておきます。これで AZUR などのルビ対応のテキストビュアで読むことができます。例によって、プリント用ページのほうが、読みやすいでしょう。同時に、みんなのファイルにはテキストファイルが置いてあります。
勝本清一郎氏が、編集・校訂に当たられたこの全集では、氏の方針で、ここらへんが賛否両論がでる所ですが、ルビや送り仮名を相当踏み込んで改めています。逆に「原本に忠実」な点として、「白ゴマ」とでも言うか「、」が「白中抜き」になっている句読点です。英語などでカンマとペリオドの中間的な休止である時に使用する、「;」(セミコロン)を意味する「白ゴマ点」が1880年代後半から、1890年代はじめにかけてけっこう使われ、そのことで透谷作品の書かれた日付を推測できると、全集月報で勝本氏は書いています。
青空文庫公開分の底本の岩波文庫版(
)には「白ゴマ点」は使われていないらしく、すべて「、」ですが、今回は全集版で「白ゴマ」を復活しておきました。(工作員作業マニュアルには、「白ゴマ句読点」のことは触れられていませんでした。)
【参考】・
「北村透谷」(写真は、同サイトから)
エスキモーブログ



