ブログ照る日曇る日に投稿しました。
今日は何の日の最近のブログ記事
先日の投稿の、補足である。
- 河上肇は、どうも獄中の詩人という印象が強いようだ。しかし、獄中の漢詩は、1933年2月18日付けの「無題」だけで、今からちょうど70年前の今日、1937年6月15日に出獄した後の作である。もちろん、獄中生活を回顧する詩作は多々あるが、苦しい経験というのは、一定の年月を経ないと、詩としては「熟成」しないのであろう。
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同じ十一巻には、河上肇の書簡集も収録されている。以前紹介した沖縄の歴史学者伊波普猷宛の書簡も 3通みられる。一海知義先生は、「漢語の知識」では、(著作集発刊後の)1980年に伊波宛の書簡やはがき 18通公開されたとあるので、それ以前にも若干は「公開」されていたのだろう。1944年9月12日付けの葉書で、「早醒」の題での漢詩を伊波宛に送っているのは、以前の記述だが、別の書簡でも、「自画像」という五言古詩を読み下して送っている。Laihama さんのサイトから、その部分の「白文」と書簡にある「訓読文」(ふりがななど若干の変更は行った。)を、続きに載せておく。 また、画像は「漢語の知識」にあった、伊波普猷宛の書簡である。 -
大阪商大(現大阪市立大学)の福井孝治宛の1944年8月19日付け書簡には、ルクリュの著書を読んだとある。訳者名を名前を挙げていないが、
ルクリュは大変有益に且つ興味深く読了しました。私は訳者を知つて居りますが−−幸德、木下、堺の諸氏みな故人となつてゐる今日、同氏ひとり健在で、こんな本を訳して居られるのは結構なことと存じます。−−如何にも同氏の訳出されさうな本だと思ひました。
とあり、先日触れた石川三四郎だと分かる。Edgar Snow "Red Star over China" を「奇書」とよび、熟読したこと並び、「蟄居」中に関わらず、河上の志のありようを示したエピソードと言える。
筑摩書房、1965年、絶版 ゲット価:500円
たしか、一海知義先生の「河上肇詩注」を持っていたように思うのだが、手元に見当たらない。偶然手に入れた、著作集第十一巻が詩歌・書簡集なので、短歌、自由律詩、漢詩など少しづつ読んでいる。河上肇が漢詩を作り始めたのは、治安維持法での捕囚くらしから解放された翌年の1938年以降、残り7年間の生涯で一海先生は百数十篇になると言われる。1942年になると、その詩境の上達、著しく、6月14日には、吉川幸次郎が最高傑作の一つとしてあげた(著作集第十一巻月報「河上肇先生の詩歌」より)、「夏涼」が作られる。今からちょうど、65年前である。2月26日には、「洛北法然院十韻」、7月7日には、「自画像」という五言古詩の傑作が生まれたのもその年である。
その人の声を聞いたことがない(【追記】すこし変えた形で、赤旗日曜版に掲載されました。)
その人の生きている姿は見たことがない
抱きあげられたこともないし、息吹をかいだこともない
仏壇の中に収まっていた軍服姿の小さな写真
母の兄だから「写真おっちゃん」と呼んでいた
遠い土地、インパールが、ずっと京都の狭い長屋につながっていた
祖母は最期の様子を戦友たちに聞き、記録していたという
いつしかおっちゃんの写真は
だまされてヤスクニの社殿をまつるように埋め込まれた
おっちゃんの消息を確かめるすべはなくなった
熱帯の密林のなか、迫りくる飢餓のなかで
そして強いられる死は
それが何百万のうちの一人だったにせよ、限りなく傷ましい
家族のもとに帰りたい
その思いだけで仆れ、六十二年たった
今日、母はおっちゃんの好きだった鯛こくの汁を作った
写真おっちゃん…
今日は、母の日。母にカーネーションを一本贈る話は、ブログ照る日曇る日。
ここでは、今日にちなむ話題として、母と子の壮大な物語「魅せられたる魂」の一ヶ月ぶりの続き。手元に本がないので確かめようがないが、やはり物語の最大の山は、息子マルクの理不尽な死の後、アンネットはその死をも乗り越えて、息子の妻に
「行きなさい、あたしの娘! 闘いに行きなさい! それはマルクのためです。彼の代わりに闘いなさい、彼が望んでいたことのために、彼ができなかったことのために!あたしたちの主義のために!」。
と呼びかけるところ、物語のテンションが一番高まるところである。
月に村雲といった風情でしたね。満月の光に映えた雲の動きがステキです。そこで、永井荷風訳「珊瑚集」より、二作ほど(ま、引用ということで...)
ましろの月
ポオル・ヴヱルレヱンましろの月は
森にかがやく。
枝々のさゝやく声は
繁《しげり》のかげに
あゝ愛するものよといふ。底なき鏡の
池水《いけみず》に
影いと暗き水柳《みずやなぎ》。
その柳には風が泣く。
いざや夢見ん、二人して。やさしくも、果《はて》し知られぬ
しづけさは、
月の光の色に侵《し》む
夜《よる》の空より落ちかゝる。あゝ、うつくしさの夜《よ》や
月の悲しみシヤアル・ボオドレヱル月今宵《こよい》いよゝ懶《ものう》く夢みたり。
おびたゞしき小布団《クツサン》に翳《かざ》す片手も力なく
まどろみつゝもそが胸の
ふくらみ撫《な》づる美女の如《ごと》。軟かき雪のなだれの繻子《しゆす》の背や、
仰向《あおむ》きて横《よこた》はる月は吐息も長々と、
青空に真白く昇る幻影《まぼろし》の
花の如きを眺めやりて、
懶き疲れの折々は下界《げかい》の面《おも》に、
消え易き涙の玉を落とす時、
眠りの仇敵《きゆうてき》、沈思の詩人は、そが掌《てのひら》に猫眼石の破片《かけ》ときらめく
蒼白《あおじろ》き月の涙を摘《つみ》取りて、
「太陽」の眼《まなこ》を忍びて胸にかくしつ。
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