ブログ照る日曇る日に投稿しました。
日本人の漢詩: 2007年7月アーカイブ
江馬細香詩集『湘夢遺稿』 (上)
江馬細香詩集『湘夢遺稿』 (下) 計ゲット価:2600円前回、頼山陽が江馬細香に寄せた送別の詩が「詩の
眼耳雙忘身亦失 眼耳双つながら忘れ 身も亦失うの解説に、吉川幸次郎が「漱石詩注」で、
空中獨唱白頭吟 空中独り唱う白頭の吟
十四字、二旬の後の逝去の予言となった。いわゆる詩のと使っていたのを拝借したのである。(「無題」全編は、禿羊 漢詩のページなどにあり。)細香も、まさに同じ言葉を考えていたようで、「奉挽山陽先生(山陽先生を挽し奉る)」第二首目で、讖 を成すものである。
相約歡期不隔年と、「讖」(予言)としている。この詩を含め、山陽への挽歌を七律で三首作っているが、いずれも、死者を悼む真情に溢れている。が同時に、自分の感情をきちんと対象化し、詩として完成することにより、どこか、ふっきれたようにも受け取るのは穿ち過ぎだろうか?相約 す歓期 年を隔てずと
暫離何事忽凄然 暫く離るれば 何事ぞ忽 ち凄然
寄詩曽恠逢難字 詩を寄 せらるるに 曽て怪しむ 逢難の字
先生送別末句云 先生 送別の末句に云う前讖今知永訣篇
此去濃州非遠道 此より濃州に去 くは遠き道にあらざるも
老來更覺數逢難 老来 更に覚ゆ しばしば逢うことの難 きを
前讖 今知る永訣 の篇と
素壁燒香拜遺墨素壁 香を焼きて 遺墨を拝む
生蒭置酒酹重泉生蒭 酒を置きて重泉 に酹 ぐ
嗚呼海内文宗缺嗚呼 海内 には文宗 を欠く
不獨吾儕血涙漣 吾が儕 血涙の漣 るるの独りならず
【追加】
ブログ照る日に、七夕前夜の細香の詩を載せた。
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先日、ブログ照る日曇る日に、江馬細香の「爺は歳八十、眼に霧なし…」の一句を含む漢詩を紹介したが、細香という女流詩人の名をはじめて知ったのが、南條範夫:細香日記であった。その細香発掘のきっかけになったのが、門玲子氏の献身的な研究と一連の著書であろう。偶然古書店で手に入れたおかげで、さらに深く細香ワールドの魅力を知ることができた。
師でありつつも、ついに夫となりえなかった頼山陽の詩の添削を受けながら、生涯独身という対価を代償にして、詩人として、画家として、美濃大垣の地で、75年の人生を送った細香。時代は、幕末にむかう頃で、周囲には、その歴史の奔流にのまれてしまった知人、友人がいないわけではない。細香自身は、決して派手な人生であったわけではなく、清逸なる文人としての一生だったが、それでも、さまざまな別離を経験する。とりわけ、頼山陽とは「二十年中七度別」れたが、とうとう八回目の出会いはなかった。細香 44才の天保元年(1830年)閏三月、京から帰郷する細香を近江の地まで見送った山陽は、次の詩を彼女への
二十年中、七度の別れ…の続きを読む
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